


名前 まなみかん。
はじめまして
まなみかんこと川原真奈美です。昭和34年、猪突猛進のいのしし生まれです。
尾道市瀬戸田町出身、結婚以来25年間自衛官の夫と2人の息子と海軍さんの街 呉市にてママさんバレーの仲間たちと楽しいパート兼業主婦生活しておりました。
ところが2009年私の父の体調不良がきっかけで実家の農業を手伝うことになり半分農業半分は呉で専業主婦という逆単身赴任生活が始まりました。
小さなころから大変なおてんば娘
おてんば娘が高校卒業とともに花の東京へはばたきました。
ここで5年間厳しい寮生活をしつつ花嫁修業をみっちり仕込まれるOL生活を経験します。
現在の私があるのはこの5年間があったからです。
小さいころの夢はバスガイドになること・・・・・というかバスガイドさんの持っている黒いがま口のバッグと切符切りのパッチンパッチンに異常なまでに興味がありました。
自分でミシンを使って点線入りの切符を作りパッチンパッチンしていました。
ある日おじいちゃんとお姉ちゃんが私を喜ばそうと木切れと釘を使ってパッチンを作ってプレゼントしてくれたことがあります。だけどその時私がとった行動は・・・・
「こんなんじゃない!違う!!!!」とパッチンを放り投げたのです。
理想のパッチンと違うことが許せなかったのだと思います、その時の私には理想のパッチン以外受け入れ拒否でしたから。
父親に怒られることはありませんでしたが、この時だけは本気で怒られ、真っ暗な納屋に一晩中閉じ込めら一晩中泣き叫んだ記憶がいまだに忘れられません。
父は思いやりがわからないことは絶対に許せなかったのでしょう。
今の私は、基本理念が『ホスピタリティー精神』だと心から言えますが、そんな私になれたのは小さいころのその記憶と5年間の厳しいOL時代があったからです。
さて2008年夏から実家の農業の見習いが始まって思うこと。
農業っていけてるじゃん!です。
年中無休の農業がイヤでサラリーマンに嫁いだのですが、2年間みっちり畑に通ったら 物言わぬみかんの木が頑張って成長し花を付け実になりその命をしっかり受け継ごうとする姿が見えてきたのです。大地の力を感じます。
もう一つ良いことは
自分が思う通り自分の責任でやりきることができる充実感を感じることです。
社会生活でいつも思っていたこと!それは
OL時代の様な心ある会社で働きたい!そんな会社を作りたい!でした。
だからわたしは実家のみかん農家で、経営をはじめることに決めたのです。
現代にわかに農業の大切さに気付き始め見直される風潮が生まれつつあります。
自給率という言葉、環境改善のために無農薬、もし輸入STOPになったならこんな食事になりますよ〜etc。
だけど実際 この豊かな時代にピンとくるはずもなく
(当たり前だと思います)
消費者は生産することなく消費することが当たり前になって久しいのですから・・・
生産者と親はいつまでもいると思うなよ!という忠告をしておきましょう。
先祖代々みかん生産を担った実家がある私はこの重大さに気付いたのです。
だからみかん農家やります!
ご存じのとおり農家はもうからないから後継者がいません。
じゃあ儲けさせていただきましょうかね。
ただし品よく儲けるのですよ。
つまり、みかんを来年も再来年もまたその次の年も作り続けるくらいの収益を上げさせていただきます。
わたしにとってのみかんは『一家団欒の掘りごたつの上にあるもの』です。
高級品であってはみかんらしさが台無しですから。
いっぱい食べて手がまっ黄色になる時代の復活です。
まなみかんは味がギュ!っとして、酸味と甘みがバランス良いのが特徴です。
大切な仲間に愛いっぱいのまなみかんを届けます。そのお友達にも少しづつ愛の波動が広まっていくのが私の希望。
『心のビタミン』担当しますよ。
消費者のみなさんが今、その口に入れている物がどこから届いてきたものか?だれが生産しているのか?そんなことを意識したとき又はその畑や海や山に実際行って見たなら「いただきます」が「大地の恵みをいただきます」に変わっていくことでしょう。
大地に関わる役割分担をまなみかんが担当しますから、ぜひ消費者のみなさんも大地を大切に思う心を担当してください。
きっと素晴らしい未来がやってくるでしょう!!
